僕が全豪選手権に挑戦し続けるワケ。

初めての全豪選手権で最悪のコンディション。

 

初めて全豪選手権に出場したのは2010年、大学3年生の3月。

日本国内の大会では、大学3年生にも関わらずボードレースもオーシャンマンも表彰台に乗るようになり、

全豪選手権でも、意外といけちゃうんじゃないかと考えていた。

いざ会場のゴールドコーストに到着してみると、サイクロンが接近しているとのことで海は大荒れ。

頭半(身長の1.5倍)くらいの波が崩れており、”こんなの海に入るような状況じゃないよね、中止中止。”と考えていたけど・・・

当時の安全基準だと、どんなコンディションでもレースを実行していたこともあり、当たり前のようにマスターズのカテゴリーから大会は開始。

泳ぐのが苦手な選手が波の中で機材を離してしまい、半分溺れているような様子もチラホラいた(笑)

それも当然の事のようにウォーターセーフティの人達が淡々とレスキューして、次々にレースをこなしていた。

いよいよ自分の出番。全てのレースで予選落ち。

 

マスターズも終わりオープンカテゴリーのレースが始まった。

サイクロンの勢力はどんどん増し、時よりダブル(身長の2倍)くらいの高い波が立ち上がるようになった会場。

長竹康介さんや飯沼誠司さんなど、経験豊富な選手はそんな中でもレースを完遂し、予選、2次予選を突破し現地選手からも賞賛されていたなか、

僕は全ての種目で予選落ち(しかもビリ)。

サーフレースでは、強烈な横の流れで沖に出る頃にはエリア2面ぶん横に流されてしまっていたり、

オーシャンマンではボードで沖に出れず、5面ぶんくらい流されて気づいたら一番端のウォーミングアップエリアにいた。

日本のレースでは考えられないような事が起きていた。

正直オフィシャルやスタッフも、今どの種目の何組目のレースが行われているのかも分かっていないような(笑)

ひっちゃかめっちゃかな状態で僕の初の全豪選手権は終わってしまった。

そんな中でも現地のオーストラリア人はヒョイヒョイと楽しそうに波を超え、ダブルの波に乗ってビーチに帰ってくる。

レベルの違いをまざまざと見せつけられた。

事故が発生。選手が水中で居なくなった。

僕のレースが終わったあとも大会は続き、少しだけ波も落ち着いてきた。それでも本当に大きいは大きい。

そんなか、19歳以下のレースで事故が起きたとのアナウンスが入った。

どうやら、サーフスキーが頭に当たってしまいそのまま気を失って沈んでしまったらしい。

大会スタッフや警察の指示により、大会は一時中断。競技中だった選手も全てビーチに上げさせられた。

IRBやジェットスキー、ヘリコプターなど総動員で捜索するも、10分、20分たっても選手は見つからず。

すると、しびれを切らせた選手数百人が、スタッフや警察の制止を振り切って体ひとつで海に入り捜索を始めたのだ。

ライフセービングスポーツの選手とはいえども、みなライフセーバー。

水の事故を目の当たりにして、何もせずにはいられなかったのだ。

僕ら日本人は、こんな大きな波の中には怖くてもう入りたくないと思っていたほどなのに。

彼らは危険を顧みず海に飛び込んでいった。

その光景に、感動で全身が震えたとともに、何も出来ない自分の弱さを思い知らされた。

 

選手の引き上げ、死亡の確認。

事故発生から1時間だか2時間経ったころ、会場から1kmほど離れた場所で選手が引き上げられた。

すでに心肺停止状態で心肺蘇生をされていて、これが僕の初めて目にする水難事故の現場だった。

しかもその蘇生を試みられているのが同じ選手というショックと、初めて見た心臓マッサージの生々しさで泣きながら傍観してたのを覚えている。

その後も息は戻ってこず、翌日のニュースで死亡が確認されたことを知る。

このような事故が自分自身にも起こりうるような環境でレースやパトロール活動を行なっているのだと、改めて心に刻まれた。

翌日会場では追悼セレモニーが行われたが、遺族の意向により大会自体の中止にはならず、ビーチ種目のみ行われた。

オーストラリアのライフセーバーへの憧れ。

この大会(と事故)をきっかけに僕は、

オーストラリアのライフセーバーのように強くなりたいと本気で思うようになった。

大学卒業後にオーストラリアに長期留学しようと思ったのもこれがきっかけだ。

仕事を辞めて専念したいと思ったのも、その時はあまり意識していなかったけど、これを無意識下で求めていたのかも。

それから何度も何度もオーストラリアを訪れ、全豪選手権にチャレンジするごとに、

この舞台で結果を残したい、夢を叶えたい気持ちが強まっていき今に至るというわけだ。

いまだに目標の10%にも届いていないと感じているが、ブレイクスルーは間近だと思っている。

競技の第一線で戦える限りは、どんなに苦しくてもこの夢をずっと追い続けていきたい。

夢が叶わないことじゃなくて、”出来るのにやらない”ことが最大の敗北だと思うから。

 

 

ライフセーバー

西山俊

 

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